628年に創建された都内最古の寺院 |
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「浅草寺」は、628年に創建された都内最古の寺院。山号は金龍山、本尊は聖観音菩薩である。元は天台宗に属していたが第二次世界大戦後独立し、聖観音宗の総本山となった。 |
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カテゴリ | おでかけガイド > 神社・寺 参拝 |
スポット名 | 浅草寺 |
ふりがな | せんそうじ |
住所 | 〒111-0032 東京都台東区浅草2-3-1 |
TEL | 03-3842-0181 |
ご本尊 | 【ご本尊】聖観世音菩薩(秘仏) 【お前立ご本尊】聖観世音菩薩(慈覚大師円仁作) |
ご利益 | 商売繁昌、家内安全、学業成就、厄除け、病気平癒など |
例年のお正月参拝者数 | 約283万人 |
アクセス | ●電車の場合
●バスの場合 |
公式ホームページ | http://www.senso-ji.jp/ |
年末年始案内 | ●開堂時間 12月31日 6:30~19:00元旦 0:00~20:30 1月2日、3日 6:30~20:00 1月4日 6:30~19:00 1月5日 6:30~18:30 1月6日以降 6:30~17:00 |
祭礼・行事案内
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●1月1日 新年大祈祷会(しんねんだいきとうえ) 参詣者により申し込まれた祈祷札を本堂ご宝前に奉安し、僧侶が『観音経』を読経し、密教に基づくお加持作法を行うもので、元旦の0時から1月7日の夕刻まで毎日営まれる。
●立春前日 節分会 正午と午後2時頃に、伝法院から本堂へ一山住職と年男による練行列の後、特設舞台から年男による豆撒きと「福聚の舞」の奉演が行われる。 浅草寺の豆撒きでは、観音さまの前には鬼はいないということから、「鬼は外」とは唱えず、「千秋万歳(せんしゅうばんぜい)福は内」と発声する。
●3月18日 本尊示現会(ほんぞんじげんえ) 本尊である聖観世音菩薩が推古天皇36年(628)3月18日にご示現されたことを祝う法要。伝法院から参道の仲見世を通り本堂まで、浅草寺の貫首をはじめ一山住職総出による練行列が行われる。境内においては寺舞「金龍の舞」が賑やかに奉演され、当日に限り祈祷札は「紅札(べにふだ)」と呼ばれる赤いお札が授与される。
●4月8日 仏生会(ぶっしょうえ)花まつり お釈迦様のご生誕を祝う日。本堂に「仏誕図」を掛けての法要が行われ、本堂前の参道では浅草寺幼稚園園児らの行列が白象をひいて誕生仏に参拝を行う。参道では甘茶の無料接待などが行われる。
●7月9、10日 四万六千日(しまんろくせんにち)ほおずき市 7月10日の功徳は「四万六千日」と呼ばれ、この日に参拝すると46,000日分(約126年分)に相当するといわれるようになり、前日の9日と合わせて縁日とされた。この両日には「ほおずき市」が開かれ、境内は約100軒のほおずきの露店で賑わう。また、この両日のみ「雷除」のお札が授与される。ほおずき市はこちら
●8月15日 万霊燈籠供養会(ばんれいとうろうくようえ) もとは、太平洋戦争で亡くなられた戦没者慰霊のための「流燈会(りゅうとうえ)」として昭和21年(1945)に始められたものだが、今日では月遅れのお盆の先祖供養として燈籠を奉納される方々も多い。
●12月18日 納めの観音ご縁日(おさめのかんのんごえんにち) 毎月18日は観音さまの「ご縁日」だが、特に12月の「納めの観音」は一年の締めくくりとして賑わう。江戸時代に正月用品や縁起物を売っていた「歳の市」は、現在「羽子板市」としてその形をとどめ、「納めの観音ご縁日」の前後も含め、12月17日~19日には境内に数十軒の羽子板の露店が軒を連ねる。 |
料金 | 拝観無料 |
備考 |
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「本堂」 観音堂とも呼ばれ、ご本尊が安置されています。徳川家光によって再建されたものが近世まで残り、明治期に「国宝」に指定されましたが、昭和20年(1945年)3月の東京大空襲で焼失し、現在のものは昭和33年(1958年)に再建されたものです。 |
「雷門」 雷門は浅草寺の総門に当たり、建つ姿はまさに浅草の象徴的存在。正しくは「風雷神門」といい、左に雷神様、右には風神様が祀られています。 現在の門は、慶応元年(1865)12月12日の田原町大火で炎上した門に替わり、昭和35年(1960)に松下幸之助氏の寄進により、復興再建されたものです。 |
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「鳩ポッポの歌碑」 本堂の西南側に「鳩ポッポの歌碑」があります。東くめ作詞、滝廉太郎作曲の童謡「鳩ポッポ」の歌碑として昭和37年(1964年)に建てられたものです。 |
「法蔵門(仁王門)」 宝蔵門には「小舟町」と書かれた提灯が下げられ、両脇にはそれぞれ阿形、吽形の仁王像が配置されています。本堂に向かって右側の吽形は仏師の村岡久作によるもの、左側の阿形は仏師の錦戸新観によるものです。昭和39年大谷重工業・ホテルニューオータニ創始者の大谷米太郎氏の寄進により復興再建されました。
「お水舎」 天井には「墨絵の龍」(東 韻光 画)が描かれ、八角形錆御影石造りの手水鉢の上には、かつて本堂裏にあった噴水に安置されていた高村光雲作の龍神像(沙竭羅(さから)龍王像)がまつられています。
「本堂外陣天井絵」 本堂の外陣の天井には川端龍子(かわばたりゅうし)の筆による「龍之図」、天井には堂本印象(どうもといんしょう)の筆になる「天人散華之図」が描かれています。 |
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3月、10月「金龍の舞」 「金龍の舞」は、浅草寺の山号である「金龍山」から名づけられました。1958年に本堂再建を記念して奉納されたのが始まりです。
長さ18メートル、重さ約88キロもの、きらびやかな金龍がお囃子の中、華麗に舞う様は壮観「です。 |
3月、10月「金龍の舞」 浅草寺の由来である『浅草寺縁起』の中で、本尊である観音様が現れた時の様子に「寺辺に天空から金龍が舞い降り、一夜にして千株の松林ができた(現世利益ともなる五穀豊穣の象徴)」とあることから、創作されたものといわれます。 |
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7月「ほおずき市」 7月9・10日に参拝すると、4万6千日お参りしたのと同じご利益があるとされ、古くからこの日の参拝が盛んでした。 |
7月「ほおずき市」 境内にほおずきを売る店が約100も並び、風鈴の涼しげな音色、ほおずきの鮮やかな朱色、そして色とりどりの浴衣姿でそぞろ歩きを楽しむ人々で、浅草寺は下町の市らしい華やぎを見せます。 |
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11月「東京時代祭」 浅草の秋の風物詩、東京時代まつりは、西暦628年の観音様のご示現による浅草寺の創建から平安、鎌倉、江戸、幕末、文明開化を経て 「東京」となった現代までを再現。壮大な歴史絵巻による行列・パレードを観覧できます。 |
11月「東京時代祭」 1千人以上の区民らが歴史上の人物に扮し、雷門通りなどを練り歩く姿は壮観です。 |
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12月「羽子板市」 江戸時代に正月用品や縁起物を売っていた「歳の市」は、現在「羽子板市」としてその形をとどめています。「納めの観音ご縁日」の前後も含め、12月17日~19日には境内に数十軒の羽子板の露店が軒を連ねます。 |
12月「羽子板市」 江戸情緒ある歌舞伎の絵柄に加えて、話題の社会風刺、時事や人気タレントなどを題材にした変わり種など多彩な羽子板が販売されます。 |
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「五重塔」 再建前の塔は慶安元年(1648年)の建立。昭和20年(1945年)の東京大空襲で焼失し、現在の塔は本堂の西側、寛永8年(1631年)に焼失した三重塔の跡地付近に場所を移して、昭和48年(1973年)に再建されたものです。 |
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